わたし淳弥くんと駆け落ちします。

わたしはJr.担にだけはならない。そう2ヶ月前まで吹聴していたわたしが中間淳太くんから朝田淳弥くんに担降りしたのは今年の3月末だった。

 

まず、わたしはJr.担にはなりたくないとずっと思っていた。その理由が前に好きだった金内柊真くんの退所がある。ジャニーズWESTを好きになって関ジュにも興味を持ったわたしは松竹座に少し足を運ぶようになった。クリパ2回、春松竹に1回。でもそれで柊真くんは見納めだった。こんなに推されていてレギュラー番組も抱えている子が辞めてしまう世界なんだと恐ろしくなった。それでも気になる子を見つけてしまう……これが松竹座の怖いところだ。

 

ジャニーズWESTのパリピポコンで偶然「淳」の字のうちわを持って手を振ってたらファンサをもらってしまい淳弥くんみたさに2015年の少年たちに2回足を運ぶ。軽い気持ちだったのにここからどっぷりハマっていく。というより焦燥感だった。「いつかいなくなっちゃう」「今応援しなきゃ」「今たくさん現場に行かなきゃ」という気持ちに煽られ2015年のクリパ期間中の12月に6回も大阪に行く。もう死にそうだった。週5学校、週5バイト掛け持ちで学校帰りに這って新幹線に飛び乗り、夜行バスで帰りシャワーだけ浴びてまた学校みたいな日々を送っていた。それでもわたしの中では「推し」という認識だった。あくまでも自担は淳太くん。雑誌を買っても真っ先に淳太くんのページを開いていた。

 

2016年のラッキィコンは自分でも本当に信じられないんだけれどチケットを交換してもらったり譲ってもらって全25公演に行った。今でも本当に信じられない。純粋に当たったり譲ってもらったものだから立ち位置とか全く淳弥くんの位置でもなく、スタンドだったのでスタトロの淳太くんからのファンサをたまにもらえるくらい。淳弥くんにファンサをされたのは25公演中1公演。これが本当に嬉しくて嬉しくて。ただ指をさされただけなのに。正直このときに気持ちが揺らぎ始めてたかもしれないと今では思う。それでも頑なに担降りはしなかった。

 

夏松竹のANOTHERはインターンがかぶり、クリパはゼミのイベントがあったため思うように遠征することができなかった。ジャニフワでは毎週末大阪に飛んでボロボロになって体調を崩した。でも忙しさから解放される松竹座という空間の魔力は凄まじくてどんどん熱が上がってたように思う。よく恋愛で「会えない時間が愛を育てる」とかいうけど多分そんな感じ。ドル誌も淳弥くんのページを真っ先に開くようになってたし、もはや周囲には「淳弥担」って言われてたくらいだった。それでもまだ担降りはできなかった。

 

淳弥くんを応援したくなる理由はどのJr.もそうだと思うけれど「夢に向かって頑張ってるところ」だ。大学に行きながらアイドルとして頑張る淳弥くんのと叶えたい夢のためにもがいている自分に何処か投影したりしてるんだと思う。デビューしている淳太くんに自分を投影するにはものすごく距離を感じて遠いけれど、淳弥くんには等身大を感じているんじゃないかなと思う。「淳弥くんが頑張ってるからわたしも頑張ろう」的な思考になりやすくて応援することで自分も前に進めるという関係性を自ら作り上げている。

 

担降りに拍車をかけたのが2017年の春松竹期間に海外研修に行ったことだ。ジャニーズの現場を優先してスケジュールを組んできたわたしが大阪よりヨーロッパを選んだ。ジャニーズ以外に楽しいことを見つけたいなって気持ちが強かったんだと思う。もちろん有意義でものすごく楽しい旅行だったけれど帰ってきて変わったことが「担降り」だ。ローマから静岡に直行してなうぇすとコンに入ったとき双眼鏡は淳弥くんにロックオンされていた。3月末の5日間大阪遠征の際に席の近くに淳弥くんがきたとき「淳弥担になろう」という覚悟が降ってきた。

 

ジャニーズWEST中間淳太くんの担当になって3年目になろうとしていたのに…ヒルナンデスに関西でのレギュラー番組、Netflixでのドラマなど着々と仕事が増えて行くこれから楽しくて楽しくて仕方ないはずの淳太くんから何故?と自分でも思う。インテリでお金持ちで仕事がたくさん舞い込んでくる安心安泰の旦那から不安定な若い子に浮気の末駆け落ちする感じだ。淳太くんは今でも大好きだし(って言ったら淳太くんめっちゃ怒りそうだしそういうのマジで嫌いそうだけど)担降りした今でもテレビとかなにわぶ誌とか雑誌はチェックしている。でも全部は追わない。ある意味、追いきれなくなって担降りしたところもあるかもしれない。

 

担降りして1ヶ月半。運動会にJr.祭り大阪と不在現場を経験して「嗚呼、これがJr.担なんだな〜」と痛感しているところである。東京ドームで地団駄を踏みながら、城ホのおみくじHAPPYで泣きながらJr.担修行の最中。6月には初めての外部舞台『銀二貫』があるし、これから「淳弥担」として楽しんで行きたいなと思っている所存です。